第3回 すまう場所
熊谷邸(南信濃村須沢)
新緑の頃に熊谷邸を取材させて貰おうと須沢まで行くと昨年十月に崩落した斜面の補修工事のため通行止であった。山岳集落で有名な上村の下栗から遠山川対岸の下の方に見える赤い屋根の家が目指す熊谷邸である。須沢の平畑と言う地籍で、訪ねるには崩落した道を遠山川の近くまで下り、そこからは歩いて須沢橋を渡って行かなければならない。崩落のために国道まで大回りをして遠山川の河川敷を上流へ行けるところまで車を進めたが、最後はやはり脚力あるのみ。機材を背負っている筆者にとってはまるで登山であった。しかしこの道のりも熊谷さんにとっては日常のことなのだ。
熊谷邸は山間にありながら日照時間が飯伊地区の平地ほどたっぷりあり、豊富な湧き水もある。日照時間と水は家を建てる場所の条件だったはずだ。また熊谷邸は杉の防風林や石垣、稲架、けものの進入を防ぐ柵、茶畑そして荷物を運ぶモノレール等々とここで暮らすため、この場所の風土を生かす最大限の装備をしている。風景としてのこの邸の美しさはこの地形と機能美にあると思う。
さて「山ん中だけどわしゃあここが一番いい。どこへ行ってもすぐにここに帰りたくなる」と熊谷さん。中京方面で暮らす三人のお子さん達の家へ行ってもそう思うと語っていたのが印象的だった。それを聞いた時本当にいい暮らしをされているのだなと思った。ほっとできる家、安心してゆっくりできる場所を「すまい」と言うに違いない。